高校入試の国語でよく出る『醒睡笑』から、今回は「鬼味噌」ということわざに関するお話を紹介します。現在はほとんど使われないことわざですが、どういう意味なのでしょうか?
以下が全文の引用です。
世話に鬼味噌といふは何ぞ。
ある山寺に修行底なき僧、老年を久しく住せしが、かれ円寂(ゑんじやく)の後、看坊(かんばう)をすゆるに、一夜を明かしてみれば跡なし。いくたりも右のごとくなるまま、恐れてかの寺に住せんといふ者なし。
ある時、行脚(あんぎや)の比丘(びく)来たるに、件(くだん)の旨(むね)を語り聞かする。すなはち、「われゐてみん」と言ふ。「あないたはしや、また取られんことよ」とは思ひながら、寺を渡しぬ。
件の看坊、しんしんと座す。三更(かう)の後、僧一人来たれり。「そちは誰(た)そ」「われはこの前住(ぜんじう)なり」と。「なんぢ、世を去つてほどありと聞く。いかなれば再来する」「われ、なんぢをあはれみ、一鉢(ぱつ)の飯を与へんため」と。「不思議や。亡魂(ばうこん)の作法につひに聞かず」と言ふ。かの霊(りやう)、「われは鬼にもなり、畜生ないし食物(しよくもつ)にも神通無碍(じんづうむげ)なり」と語る。「さらば、湯漬けを出だし、焼味噌(やきみそ)を添へて振舞はれよ」「やすきこと」と身を変じ焼味噌となりしを、口へ入れ、一なめにしけり。
その後はかの寺に何の祟りもなければ、案の外(ほか)煩(わづら)ひなく住みぬ。このいはれにより、音は恐しさうに聞こえ、させる手柄も奇特(きどく)もえせぬものを、あれは鬼味噌ぢやと、一口にはいふよし。

私が問題を出していきます。高校受験生は答えてみてくださいね!
僧が何人も一夜で消えてしまった寺
古語の「世話」には「俗語、うわさ、ことわざ」などの意味があります。現代語と同じ「人の面倒を見ること」の意味もあります。

問1. 下線部①について、人々が恐れたことを二十字以内で説明しなさい。
ある山寺に住んでいた老僧が亡くなりました。この寺に別の僧を住まわせますが、何人も一晩で消えてしまいます。そのため、誰もが恐れて、この寺に住まなくなりました。(問1の答え「(例)寺に住んだ僧が何人も一夜で消えたこと。」)
「円寂(えんじゃく)」は「僧が亡くなること」を意味します。このように、特定の人物が亡くなったときにのみ使う熟語があります。たとえば、次のような熟語があるので覚えましょう。
- 崩御(ほうぎょ) … 天皇・皇后・皇太后・太皇太后が亡くなること。
- 薨去(こうきょ) … 皇族または三位以上の貴人が亡くなること。
「看坊」は「寺を看守する僧」「留守番をする僧」です。「すゆる」は「据う」の連体形で「据える」という意味ですが、ここでは「住まわせる」などの訳でいいでしょう。
「いくたり」は「幾人」と同じで「何人」という意味です。
死者の霊魂が飯を与えに来た!?

問2. 下線部②は「ああ気の毒だなあ」という意味です。人々が気の毒に思ったことの説明として最も適切なものを一つ選び、記号で答えなさい。
ア 老僧が寺で亡くなったこと。
イ 誰も寺に住まなくなったこと。
ウ 比丘が寺で消えてしまうこと。
エ 比丘が寺を怖がっていること。
行脚の比丘(諸国を巡り歩いて修行していた僧)が、寺にまつわる怖い話を聞かされますが、自ら志願してその寺に住むことになりました。人々は、比丘が一夜で消えてしまうだろうと思います。
「行脚」は「僧が諸国を巡り歩いて修行すること」です。古語ではなく現代語で、「あんぎゃ」という読みが漢字の問題としてよく出題されます。
「比丘」は「出家して僧になった男子」です。女子の場合は「比丘尼(びくに)」です。
「件の」を「くだんの」と読む場合、「例の」という意味になります。前に話題にした内容を指します。ちなみに、件(くだん)は、牛の体に人間の顔がある妖怪です。牛から生まれ、作物の豊凶や疫病の流行、戦争、干ばつなどの重大な出来事を予言しますが、数日で死ぬといわれます。
「いたはし」のここでの意味は「気の毒だ」です。後に続く「また取られんことよ」が気の毒に思う理由です。「渡しぬ」のように、文末(「。」の前)の「ぬ」は「~した」を表すので、「~しない」と混同しないようにしましょう。(問2の答えはウ)

問3. 下線部③について、僧が来た理由を三十字以内で説明しなさい。
問4. 下線部④の意味として最も適切なものを一つ選び、記号で答えなさい。
ア どうにかして再び来る
イ どうしても再び来ない
ウ どういうわけで再び来るのか
エ どうやったら再び来ないのか
比丘が寺で夜を過ごしていると、そこに僧が一人やって来ました。この僧は以前寺に住んでいた老僧で、比丘を気の毒がって飯を与えようと思っています。
会話部分で発言者がわかりにくいので、混乱しないように注意しましょう。交互に発言していることから発言者を特定する必要がありますが、そもそも「そちは誰そ」が誰の発言なのか明示されていません。文脈から、「そちは誰そ」の発言者は比丘であると判断します。
「三更」は「五更の第三」で、現在の午後11時または午前0時からの約2時間を表します。五更は一夜を五分した時刻で、初更(甲夜)・二更(乙夜)・三更(丙夜)・四更(丁夜)・五更(戊夜)に分けられます。季節によって時間帯が変わり、午後5~7時半頃から始まって、約2時間ずつに区切っていきます。こういう昔の時間区分を古文常識として知っておくと、読解で役立つでしょう。
「前住」は「先代の住職」です。古語ではなく現代語です。
下線部④「いかなれば再来する」の「いかなれば」は「どういうわけで、どうして」と理由を問うときに使う言葉です。(問4の答えはウ、問3の答え「(例)寺に泊まっている比丘を気の毒がり、飯を与えようと思ったから。」)

問5. 下線部⑤と同じ人物を表す言葉を次の中からすべて選び、記号で答えなさい。
ア 修行底なき僧 イ 行脚の比丘 ウ 件の看坊 エ この前住
「亡魂」は「死者の霊魂」で、「作法」は「やり方」です。「つひに~ず」で「一度も~ない」という意味になります。
「神通無碍」の「神通」は「僧が修行によって得られる超人的で不思議な力」で、「無碍」は「妨げるものがなく自由なこと」です。
下線部⑤「かの霊」は、この寺に以前住んでいた老僧で、「修行底なき僧」や「この前住」と同一人物です。(問5の答えはアとエ)

「鬼味噌」とはどういう意味か?

問6. 下線部⑥は「簡単なこと」という意味です。何が簡単なのかを二十字程度で説明しなさい。
比丘が湯漬けと焼き味噌を頼むと、霊は自分が焼味噌になりました。比丘はその焼味噌をペロリと舐めてしまいました。勇気があります(笑)
「湯漬け」は、ご飯に熱いお湯をかけて食べるものです。お茶漬けのお湯バージョンです。
下線部⑥「やすきこと」の「やすき」は、「簡単だ」を意味する「やすし(易し)」の連体形です。現代語でも「食べやすい」というと「食べるのが簡単だ」という意味になりますが、この「~やすい」と「やすし」は同じです。(問6の答えは「(例)湯漬けを出して、焼味噌を添えて振舞うこと。」)

問7. 「鬼味噌」の意味を本文に即して三十字以内で説明しなさい。
最後に「鬼味噌」の意味が解説されます。本文全体をふまえたまとめでもあります。
「案の外煩ひなく住みぬ」の「案の外」は「意外にも」という意味の現代語です。「煩ひ」は「苦労、悩み」などを意味します。文末(「。」の前)の「ぬ」は「~した」を表すので、「住みぬ」は「住んだ」と訳します。
古文では、「音」の下に「聞こゆ」が続く場合、この「音」は「うわさ、評判」の意味です。今回も「音は…聞こえ(「聞こゆ」の連用形)」なので、「うわさは…聞こえ」と訳します。
「奇特」は「言行や心がけなどが優れていること」「褒めるに値すること」を意味する現代語です。比丘は、先代の住職の霊(鬼)が変化した焼味噌を食べただけなので、別に大したことではなかったというわけです。(問7の答え「(例)うわさは恐ろしくても、大した手柄にも賞賛にもならないもの。」)

今回は「円寂」「看坊」など、見慣れない仏教用語が多くて、難しく感じられたかもしれません。しかし、入試問題ではこれらの言葉に注が付くはずですので、その注を見ながら、諦めずに解きましょう。ただ、「行脚」「奇特」などの現代語には注が付かないと思われます。漢字の問題集に出てくる熟語は意味までしっかり覚える必要があります。
コメント