今回は、漢文の重要句法「使役」をわかりやすく解説します。
さらに、理解したことをふまえて、『太平広記』の「怪哉」を読んでみましょう。
「使役」とはどのような句法か?
漢文の重要句法「使役」は「~させる」という意味を表します。定期テストや入試でもよく出る句法です。
1. 「使AB」を「AをしてBしむ」と読む場合
「使AB」の形を見たら使役として訳します。書き下し文と現代語訳は次の通りです。
使=使役の助動詞「しむ」
「使」は使役の助動詞「しむ」なので、書き下し文ではひらがなで書きます。また、「しむ」と読む漢字としては「使・令・敎・遣・俾」を覚えましょう。ちなみに、漢文の「しむ」も古文の文法と同じルールで、次のように活用します。
基本形 | 未然形 | 連用形 | 終止形 | 連体形 | 已然形 | 命令形 |
---|---|---|---|---|---|---|
しむ | しめ | しめ | しむ | しむる | しむれ | しめよ |
「使」の後ろのA=目的語
「使」の後ろの名詞(主に人を表す名詞)のAは、目的語(使役される側)なので「Aに」と訳します。「Aは」はまちがった訳です。主語(使役する側)のSは、「使」の前に置いて「S使AB」(SはAにBさせる)とします。
動詞のB=未然形
動詞のBは「しむ」に接続するので未然形です。「Bせしむ」は必ずしも正しくありません。Bが「勉強」のような熟語ならば、サ行変格活用動詞「す」を送り仮名にして動詞化できるので「勉強せしむ」です。しかし、Bが「書く」ならば「書かしむ」、「見る」ならば「見しむ」となり、「しむ」の前に「せ」は入りません。
また、「使AB1B2B3」のように、複数の動詞が続く場合、最後の動詞B3以外は連用形にして接続助詞「て」でつなぎます。そのため、「使AB1B2B3」は「AにB1てB2てB3しむ」と書き下します。一方、B1、B2、B3を行うのはAなので、「AにB1させてB2させてB3させる」という意味であることに注意しましょう。
「使AB」の例文と解説
この文の主語は「王」で、「学」という動作を行ったのは「人」です。「学」は未然形の「学ば」と書き下します。
この文の主語は明示されていませんが、少なくとも「騎」ではありません(原文では「項羽は」を補えます)。
「下」は1つめの動詞なので、連用形の「下り」にします。一方、「歩行」は2つめの動詞なので、未然形の「歩行せ」にします。「歩行」はサ行変格活用動詞「す」を送り仮名として「歩行す」です。
誤訳で多いのは「(項羽は)馬を下りて騎馬兵全員を歩かせた。」です。馬から降りたのは項羽ではなく騎馬兵であることに注意しましょう。
2. 使役を暗示する動詞がある場合
「命・授・説・召・擧・勸・招・戒・詔・敕・遣・教」など、使役を暗示する動詞がある場合、その後に続く動詞の送り仮名に使役の助動詞「しむ」をつけて書き下します。例文は次の通りです。
「遣AB」は、「AをしてBしむ」だけでなく、「Aを遣はしてBしむ」と書き下すこともあります。たとえば「解遣人問其名姓。」は次の2通りに書き下せます。
- 解人をして其の名姓を問はしむ。 【現代語訳】解は人にその名前を問わせた。
- 解人を遣して其の名姓を問はしむ。 【現代語訳】解は人を派遣してその名前を問わせた。
3. 前後の文脈から使役にする場合
前後の文脈から、動詞に「しむ」の送り仮名をつけて書き下す場合があります。
「霸」は「覇者」という意味の名詞ですが、ここでは断定の助動詞「たり」を補って、「霸たらしめ」としています。このような送り仮名のつけ方もあることを覚えておきましょう。
赤い人面虫「怪哉」が生まれた理由とは?
ここまでで解説した使役の知識を活かして、次の【問題】を解いてみましょう。
【問題】次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。
漢武帝幸甘泉。馳道中有蟲。赤色、頭、牙、齒、耳、鼻A盡具。觀者莫識。①帝乃使東方朔視之、還對曰、「②此蟲名怪哉。昔時拘繫無辜、眾庶愁怨、咸仰首歎曰、『怪哉怪哉』。B蓋感動上天、憤所生也。故名怪哉。此地必秦之獄處。」即按地圖、③信如其言。上又曰、「④何以去蟲。」朔曰、「C凡憂者、得酒而解。⑤以酒灌之當消。」D於是⑥使人取蟲置酒中、須臾糜散。
※甘泉…地名。 ※幸…外出する。 ※馳道…皇帝が通る道。 ※東方朔…人命。 ※拘繫無辜…(秦が)罪のない人を捕らえた。 ※上天…天帝。 ※獄處…監獄。 ※灌…そそぐ。 ※須臾…すぐに。 ※糜散…消え失せる。
問1. 下線部A~Dの漢字の読みを、送り仮名も含めて、現代仮名遣い・ひらがなでそれぞれ答えなさい。
問2. 下線部①を書き下しなさい。また、現代語訳しなさい。
問3. 下線部②の理由を五十字以内で説明しなさい。
問4. 下線部③はどういうことですか。三十字以内で説明しなさい。
問5. 下線部④を現代語訳しなさい。
問6. 下線部⑤について、「之」の内容を明らかにして現代語訳しなさい。
問7. 下線部⑥に訓点を施しなさい。
漢の武帝は外出時、気持ち悪い虫が大量に湧いているのを目撃します。この虫について、物知りの臣下・東方朔に聞いたら――。
1. 漢字の読みを答える問題
問1の答えは「A ことごとく B けだし C およそ D ここにおいて」です。
Aの「盡」は「尽」の旧字体です。「尽」は「ことごとく」と読み、「すべて」「みな」を意味します。同じ読み・意味の「悉く」も覚えましょう。
Bの「蓋」は「けだし」と読み、「思うに」を意味します。確信をもって推定するときに使います。
Cの「凡」は「およそ」と読み、「概して・総じて」を意味します。物事を大雑把にとらえるときに使います。
Dの「於是」は「ここにおいて」と読み、「そこで」を意味します。「於」の左下にレ点をつけて返り読みします。「これにおいて」と読まないので要注意です。
2. 白文を書き下して現代語訳する問題
問2の答えは「(書き下し文)帝乃ち東方朔をして之を視しめ (現代語訳)帝はそこで東方朔にこれを見せて」です。(訓読文を確認したい読者はこちらをクリックしてください)
傍線部①に「使」があるので使役と判断して、「S使AB=SAをしてBしむ」のS、A、Bに当たる語を探します。主語のSは「帝」、目的語のAは「東方朔」、Bは「視」です。「之」は「視」の目的語なので返り読みして「之を視る」にします。
「視」はマ行上一段活用動詞「視(み)る」なので、「しむ」に接続する未然形は「視(み)」です。また、「読点(、)」があるので、「使」は使役の助動詞「しむ」の連用形「しめ」にします。
現代語訳では、「帝(武帝)」が主語なので「帝は」と訳し、「東方朔」は「東方朔に」と訳しましょう。
「乃」は「すなわち」と読み、「そこで」を意味します。また、「之」は直前の「蟲」のことですが、今回は特に指示がないので、「これ」と訳すだけで構いません。
3. 本文の読解に関する問題
問3の答えは「(例)罪のない人を捕らえた秦に対して庶民が嘆いて「怪哉」と言い、これに怒った天帝が虫を生み出したから。」です。
下線部②の後に「故名怪哉」とあるので、下線部②から「故」の間の「昔時~憤所生也。」が下線部②の理由です。「昔時~憤所生也。」を訳して字数内にまとめましょう。
解答を作る上ではあまり関係ありませんが、「感動上天」は「上天」が目的語なので、「上天を感動し」や「上天に感動し」では意味不明です。そのため、文脈から「上天を感動せしめ」という使役にするのがいいでしょう。
「憤所生也」も使役とするなら「憤じて所生とせしむるなり」などと書き下します。「所生」は「生み出したもの」を意味します。
4. 本文の読解に関する問題
問4の答えは「(例)東方朔の言う通り、怪哉のいる土地が秦の監獄だったということ。」です。
下線部③は「信に其の言のごとし(本当にその言葉通りだった)」なので、「その言葉」の内容を探して訳します。直前の「此地必秦之獄處」をまとめることになりますが、「此地」がどのような土地なのかを明らかにする必要があります。(例)では、「此地=怪哉のいる土地」としました。
今回の問題に限らず、本文の一部を訳してまとめる問題では、指示語の内容を明らかにしましょう。
5. 現代語訳する問題
問5の答えは「どうやって虫を追い払えるのか」です。
下線部④を書き下すと「何を以てか蟲を去らしむる」です。「去蟲」は「蟲を去る」や「蟲に去る」では意味不明なので、「蟲を去らしむ」という使役の形にするといいでしょう。また、「何以」は疑問を表すので、文末は連体形の「しむる」とします。
「何以」は「どうやって」という手段を尋ねる言葉です。そのため、「どうやって虫を去らせるのか」が直訳ですが、「去らせる」を「追い払える」などとした方が意味が通じやすいでしょう。
6. 指示語の内容を明らかにして現代語訳する問題
問6の答えは「酒を怪哉に注げばきっと消滅するはずだ」です。
まずは下線部⑤を書き下しましょう。「當」は「当」の旧字体です。「当」は再読文字で「まさに~すべし」と読み、「当然~すべきだ」「きっと~に違いない」を意味します。また、したがって、「酒を以て之に灌がば当に消ゆべし」と書き下します。(訓読文を確認したい読者はこちらをクリックしてください)
次に「之」の内容を確認しますが、武帝と東方朔が怪哉について話していたことを理解していれば、「之=怪哉」とわかるはずです。
7. 白文に訓点を施す問題
問7の答えはこちらをクリックしてください。
傍線部⑥に「使」があるので使役と判断して、「使AB=AをしてBしむ」のA、Bに当たる語を探します。目的語のAは「人」、Bは2つあって「取」と「置」です。したがって、「使AB1B2=「AにB1てB2しむ」の形で、B1の「取」は連用形の「取り(て)」、「置」は未然形の「置か」とします。
「使」には送り仮名の「ム」をつけるのが一般的です。
- 使 … 右下に「ム」、左下に三点
- 人 … 右下に「ヲシテ」
- 取 … 右下に「リテ」、左下にレ点
- 蟲 … 右下に「ヲ」
- 置 … 右下に「カ」、左下に二点
- 酒 … 右下に「ノ」(省略可)
- 中 … 右下に「ニ」、左下に一点
書き下し文と現代語訳
鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』の「否哉」の元ネタは?
赤い人面虫の怪哉は、秦に虐げられた庶民の恨みつらみから生まれた虫であることが判明しました。
この怪哉の話は日本にも伝わって、江戸時代中期の画家・鳥山石燕にインスピレーションを与えました。その結果、石燕は妖怪画集『今昔百鬼拾遺』に「否哉(いやや)」という妖怪を描きました。
石燕の否哉は女装おじさんの姿をしています。女性の着物を着た人物が水辺をのぞき込んでいますが、水面に映る顔は老人です。解説文には「むかし漢の東方朔あやしき虫をみて怪哉と名づけしためしあり今この否哉もこれにならひて名付たるなるべし」とありますが、怪哉が女装おじさんと結びつけられた理由は全く不明です。
明治時代以降、否哉は「いやみ」という名前で紹介されるようになりました。さらに、妖怪漫画家の水木しげるなどが「美女だと思って声をかけてきた人間に老人の顔を見せて脅かす妖怪」と解説したため、現在では変質者のようなイメージが否哉に定着しています。
中国の古典が日本に輸入され、それにさまざまな解釈が加えられ、元ネタとは似ても似つかないものに変容していくのはよくあることです。怪哉と否哉に限らず、こうした日本文化のあり方に目を向けるのもおもしろいと思います。
コメント